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スイス・日本経済フォーラム 2021

議論の概要

第4回スイス・日本経済フォーラムは2021年10月20日に開催された。COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)がグラスゴーで開幕する直前の開催となった当フォーラムは、日本とスイスからサステナブルファイナンス(持続可能な社会を実現するための金融)の有識者を招き、「資本の力で、持続可能性の実現を ~ その方法と実践」とのテーマで議論を展開した。当イベントはオンライン形式で行われ、共同主催者、スポンサー、そして日本に拠点を置く登壇者のみがスイス大使公邸に集った。

冒頭挨拶

アンドレアス・バオム駐日スイス大使と在日スイス商工会議所 (SCCIJ) 会頭のアンドレ・ツィメルマン氏がフォーラムを開会した。両氏はスイスと日本の両国がパリ協定の実践や、持続可能な開発目標(SDGs)の達成などの野心的な目標を挙げていることに触れた。金融業界はこれらの目標達成へ重要な役割を担うし、担わなければならない。バオム大使は、政府には、金融業界がその潜在能力を発揮できるような正しい枠組みを築く役割があることを強調し、その文脈で、長年続いているスイスと日本の二国間金融対話について触れた。ツィメルマン氏はESGに関する取り組みを産業界が加速する必要があると強調。賢明さと責任感を伴う投資が、プロジェクト・投資家・金融機関、そして持続可能性自体、といった全ての利害関係者に財務的な利益と恩恵をもたらすとも強調した。

基調講演

基調講演は、ロンバー・オディエ・グループのシニア・マネージング・パートナーであり、スイス・サステナブルファイナンスの会長であるパトリック・オディエ氏が担った。オディエ氏は、WILD経済(Wasteful, Idle, Lopsided and Dirty:浪費的、不稼働、不均等で汚れた)からCLIC™経済(Circular, Lean, Inclusive and Clean:循環的、効率的で、包摂的でクリーン)へと、深い変革が進行していると主張した。オディエ氏によれば、この「サステナビリティ革命」は、投資環境を根本的に変え、「私たちの生涯で最大の投資機会」をもたらす。この革命は、「デジタル革命の速度で、産業革命の規模で進んでいる」もので、規制、投資家の圧力、消費者の行動の変化、市場の力などが組み合わさって推進されている。サステナブル投資の戦略については、ニュアンスのあるアプローチと将来を見据えた視点が必要だと主張。二元的なタクソノミー(サステナブルな経済活動と投資の分類法)によって企業の現在の足跡(フットプリント)に焦点を当てるのではなく、戦略的変化に適した企業を特定する方が好ましい、という。また、ロンバー・オディエ・グループが開発した「温度調整手法」は、様々なセクターや地域の企業がパリ協定に沿ってどのように脱炭素化の道筋をたどるべきか、投資家に前向きな洞察を与えるものである、とも説明。さらに、COP26に向けて、各国政府が政策に関するガイダンスを強化し、カーボンプライシング(炭素価格の設定)の仕組みを相次いで打ち出すことに期待を示した。その上で、すべてのステークホルダーが力を合わせる必要があることに言及し、金融業界、国連、国際機関、NGO、学界、政府が一堂に会するイベント「BUILDING BRIDGES」を紹介した。

パネル 1- 効果的な枠組みの形成: 何を目指し、どう歩むか?

両国政府と学界の代表者による最初のパネルでは、サステナブルファイナンスのための効果的な枠組みや条件の形成に焦点が当てられた。モデレーターは、在日スイス大使館・広報文化部長、ジョナス・プルヴァが務めた。

冒頭発言では、スイス連邦財務省のシュテファン・フリュッキガー国際金融副長官が、カーボンプライシングの重要性を強調した。「十分に機能している金融市場は、現実の経済状況やその変化に順応する」と発言。長期的なリスクが適切に評価され、十分な形で価格に反映されるようになれば、非市場的な規制は不要になる、とも述べた。一方で、フィンテックが持つ、変革を起こす潜在的な力についても強調した。様々な新たなデジタルソリューションは、より多くのデータを、より安く、より早く、より正確に提供し、市場関係者の意思決定能力を向上させる、とも示した。

日本側からは、金融庁のチーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーである池田賢志氏が、特に鉄鋼、化学、セメント、石油、ガスなど、脱炭素化が一般的に困難とみられる分野の企業との対話や関与の重要性に焦点を当てて発言した。日本では、トランジションファイナンスのガイドラインを策定し、これらの分野の企業が新技術を導入して脱炭素化を図るためのロードマップや時間枠の策定に取り組んでいること、そして、金融セクターがこの対話に参加し、これらの基準に基づいて企業を評価する必要があることを強調した。

また、慶應義塾大学総合政策学部教授の白井小百合氏は、高い光熱費を背景に民間企業がカーボンプライシング導入の動きに慎重である日本の状況を念頭に置きつつ、日本でも適切な形でカーボンプライシングの仕組みを導入すべき、との主張を展開した。

パネリスト3氏は、透明性が根本的に重要であることに同意した。3氏は、セクターを超えて広く受け入れられつつある、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言を高く評価している。池田氏は、開示基準の適用を推進するTCFD連合の動きを日本政府が支持していることを説明した。また、コーポレートガバナンス・コードの改正により、東京証券取引所のプライム市場上場企業にTCFDの開示を義務化した。白井教授は、COP26において、TCFDをベースにした世界基準の策定を使命とする国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が発足する予定であることを指摘。白井氏は、完全に統一されたルールを作るのは難しいとした上で、今後生まれる基準はおそらく一連の原則を組み合わせたものになること、また、最終的にはそれをより具体化し、政府が義務化する必要がある、と述べた。池田氏とフリュッキガー氏は共に、ISSBと、グローバルまたは相互運用可能な基準の出現を支持するとした。なお、スイスはISSBの欧州拠点に立候補している。

白井教授は、タクソノミー(サステナブルな経済活動と投資の分類法)の重要性を説明し、EU、日本、スイスでの異なるアプローチを解説した。池田氏とフリュッキガー氏は、固定的なタクソノミーでは、企業の変革の軌跡を十分に捉えることができないのではないかとの懐疑的な見方を示した。また、フリュッキガー氏は、温度調整の方法論を例に挙げ、より前向きな枠組みの必要性を主張した。

パネルの最後に、池田氏とフリュッキガー氏は、両国の国際的な連携に関し、互いの国に対する感謝の意を表した。両国は、G20や証券監督者国際機構(IOSCO)などでも連携、また、サステナブルファイナンスに関する国際的な連携・協調を図るプラットフォーム(IPSF)などの場でも、日本とスイスはEUとともにサステナビリティ関連の開示に関する作業部会を主催している。

パネル 2- 事業成長と財務収益の実現: ESGは、その道筋たりうるのか?

多様なビジネスの代表者による2つ目のパネルでは、ビジネスの成長と財務収益の実現への具体的な道筋としてのサステナビリティについて意見が交わされた。モデレーターは、ロンバー・オディエ信託株式会社・代表取締役 兼 日本 プライベート・バンキング部門・統括責任者であるシーマ・バヤット氏が務めた。

サステナブルファイナンスを定義する冒頭の話の中で、Impaakt社の共同創設者 兼 CEOのベルトラン・ガコン氏は、倫理的な投資が既に19世紀に、宗教団体による特定の「非道徳的な」企業の投資対象からの排除(ネガティブ・スクリーニング)という形で始まっていた、と振り返った。1980年代末には、投資家は企業の業務内容をより細かく精査するようになった(ポジティブ・スクリーニング)。さらにその後、投資家が企業の中核事業モデルがサステナブルかどうかを検討するようになるなどの変化がみられるようになった。今はまた新しい波の初期にある。現在のインパクト投資とは、ビジネスの目的(パーパス)と社会へのポジティブな正味の貢献に焦点を当てるものである、と語った。

UBPインベストメンツ株式会社のシニア・ポートフォリオ・マネージャー であるズヘール・カーン氏は、他の登壇者と同様、現在は経済の移行期であり、変曲点に来ている、と述べた。カーン氏は変化の3つの側面を指摘した。


1)企業はカーボン・フットプリントを削減する必要がある
2)社会の高齢化に伴い、企業は、女性や外国人の上級職への登用を含む人材獲得の戦いの最中にある
3)企業はデジタル変革を受け入れる必要がある


これら3つの側面のいずれにおいても、企業のガバナンスが極めて重要である。適切な経営陣が適切な理由で適切な意思決定を行うことができて初めて、企業はこの移行に成功するための真の能力を備えたことになる。金融市場では、移行に向けた正しい道筋を歩んでいない企業を空売りすることで、財務的な利益を得ることができる。

エムパワー・パートナーズ・ファンドの創業者の一人で、ゼネラル・パートナーである村上由美子氏は、自らのキャリアを公共部門から金融部門に戻したことについて、「今がその時である」と強調した。日本の「三方よし」の概念を紹介しながら、「売り手と買い手、そして社会にとって良い」という考え方が昔からあったと語った。さらに今日、資本市場の参加者は、企業に何が起こっているかを測定できる新たな能力を獲得し、2050年に起こりそうなことを現在の価格に反映させることが容易になった、と述べた。

五常・アンド・カンパニー株式会社の創業者・代表取締役である慎 泰俊氏は、自身が経営するマイクロファイナンス事業に触れながら、「善と利益の両立」は可能である、と言明した。両立は成長市場では比較的容易だが、成熟市場では利益と倫理の二律背反を避けるためにしばしばイノベーションが必要である、と分析。他のパネリストも、そのような二律背反はあってはならない、と同意した。

村上氏は、資本市場がすでに「善と利益」の二律を共に求める準備ができていると考え、自分たちのファンドをインパクト投資としてではなく市場水準のリターンを実現できるファンドとして立ち上げることを、共同創業パートナーたちと共に意図的に決断した、と語った。村上氏らのファンドは、若い企業に対して、成長戦略とESG戦略を最初から織り込んで構築するよう、助言している。

パネルディスカッションでは次いで、テクノロジーの役割について意見を交わした。ガコン氏は、テクノロジー自体にはモラルはなく、善用も悪用もできると語った。テクノロジーは、例えばシェアリングエコノミーのようなオペレーションにおけるサステナビリティの実現だけでなく、インパクトを測定する際にも役立つ。Impaakt社は、すべての市民が無料で利用できる、インパクトの普遍的な測定方法を開発することを目指している。企業の情報を人工知能(AI)を使って引き出し、集合知を使ってデータからのセンスメイキングをしようとしている。

また、ガコン氏は、テクノロジーが不作為の言い訳に使われる可能性があることを警告した。例えば、炭素回収技術にすべての期待をかけることが、甘えを生み出し、私たちの行動の根本的な変容の妨げになってしまう、ということだ。

一方、秦氏は、データ・バイアスの危険性、テクノロジーにアクセスできない人々を置き去りにするデジタル・デバイド、ヘイトスピーチを増幅させるソーシャル・メディアなど、テクノロジーに関連する一定のリスクについて警告した。同時に、金融包摂や小規模金融サービスの提供の分野においても、テクノロジーが著しい進歩をもたらしていることも強調した。

まとめの言葉

これらの充実した意見交換と豊かな議論を経て、最後に、IMDビジネススクール・北東アジア代表、高津尚志氏が、まとめと閉会の挨拶を行った。同氏は、講演者やパネリストが提起した重要なポイントを要約し、フォーラムのハイライトを共有した。

高津氏は、サステイナブル・ファイナンスの推進には、多くのステークホルダーが力を合わせる必要があることを指摘した上で、近日公開予定のIMDのレポート「Business Transformation and Climate Change」を紹介した。このレポートでは、本質的な変化は、産業界が公共部門や市民社会と手を携えて目標を達成するために動く「システムコラボレーション」によって達成されることを指摘している。このような取り組みには、システム・リーダーシップ、つまり、より大きなシステムを見る能力、省察を促す能力、そして、集合的な焦点を反応的な問題解決から未来の共同創造へと移行させる能力が不可欠である。また、自らを変革しようとする組織に対して、IMDは6つの実践的な提言を行っている。

1) 事業目的の中に気候に関するコミットメントを明確に位置付ける
2) トップが気運を形成する
3) 事業戦略に持続可能性を組み込む
4) 各役割に持続可能性を加える
5) 重要な問題に焦点を当てる
6) 変革を促進するためにいくつかのシステムを変更する

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