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スイス・日本経済フォーラム 2023

競争力とイノベーション: 産学連携の次なるフロンティア

「スイス・日本経済フォーラム」が10月2日、東京で開催され、両国政府、ビジネス、大学のリーダー約200人が参加しました。

討論を通じ、イノベーションを生むエコシステムの構築には、大学がアイデアと人材を提供し、産業界は共同研究などで連携し、そのための環境作りを政府が支援するという、三者それぞれの役割を果たすことの重要性が改めて浮き彫りになりました。また、気候変動やエネルギー移行といった切実な課題に対して、官民の資金提供が重要だとする意見も出ました。

スイスがイノベーション・リーダーになれた理由

フォーラムの冒頭、アンドレアス・バオム駐日スイス大使は、2024年に両国の国交樹立160周年を迎えることに触れ「今日に至るまで、起業家精神と経済交流は両国を結ぶ核となっている」と話す一方、イノベーションの実現に向け、こう問いかけました。「私たちは、リスクを冒し、型破りな発想をする人たちに、適切な条件やインセンティブを提供できているのでしょうか?失敗から学べる場、チームで連携し、他組織とも連携するためのサポートを十分に提供できているのでしょうか?」

続いて、マルティナ・ヒラヤマ スイス教育・研究・イノベーション庁長官が、各種ランキングで上位に入るなど、スイスがイノベーションをけん引している理由を説明。イノベーションの基礎となる強力な研究を手がける優れた大学があること、また、二重教育制度や規制の度合いが低いことを要因に挙げました。さらに、同国の研究者や企業が世界的なネットワークに参画する機会があることも「発展、成功するイノベーション・エコシステムを育む重要な要素」とし、本フォーラムについて「産学連携の意義や、政府が果たす役割を議論する絶好の機会。ここで共有されるベストプラクティスや経験から見識を深め、新しく創造的なアイデアを持ち帰りたい」と語りました。

前半のパネル討論でモデレーターを務めるミシェック・ピスコルスキ IMD教授は「日本経済はイノベーションの蓄積から成り立っている。スイスはイノベーションの分野で世界のトップクラス。生成AIがカリフォルニアの大学と企業との深い連携から生まれたように、両国が現状を維持、加速させるには、大学と企業の協力関係を続けていくことが不可欠」と呼びかけました。

パネル1- 大学と企業が作るイノベーションのエコシステム

前半のパネル討論のテーマは、「企業と大学:イノベーション生態系から、いかに価値を獲得するか」。大学や企業の担当者が、医療、モビリティなど、多様な研究領域での連携事例を共有するとともに、成果を生むプラットフォームの構築や、資金の重点配分の方法などを共有しました。

東工大の「ジャングル」が生む野心的な研究

渡辺治・東京工業大学副学長は、同大が2018年に設立した産官学連携プラットフォーム「オープンイノベーション機構」(OI機構)の取り組みなどを紹介しました。

研究者と連携先企業の技術者、という個人ベースの連携から、大学と企業という組織ベースでの新たな連携が生まれていると指摘。「双方の組織の役員層、研究幹部、技術者や科学者など、様々な人々が参画するクラスタで複数の研究を回している」と語りました。

「こうした新しい連携では、研究をマネジメントする人材が重要になってくる」。渡辺学長が挙げたのが、University Research Administrator(URA)と呼ばれる新職種です。資金獲得からマネジメント、産学連携、成果促進など、研究に関わるあらゆる業務に従事しています。金子副学長は「URAがキーパーソンとなり、研究領域に関わる研究者や技術者を採用し、最善のチームを作っている」と期待を寄せました。

また討論の中で、大学での研究やコミュニティの多様性を、アマゾンのジャングルや城下町に例え「様々な研究者がジャングルでそれぞれ独自に取り組んでいる研究の中から、野心的な目標に向けた新たなプロジェクトが立ち上がる」「大学の周りにスタートアップや企業、普通の人々が集まり、共同で何かを成し遂げようするような町を生み出したい」と語りました。

チューリヒ大の”強み”への集中投資

イノベーションを生むエコシステムでの大学の役割とは。チューリヒ大学のクリスティアン・シュワルツェネッガー副学長が実践と課題を共有しました。

チューリヒは、スイスのGDPの20%をなす経済都市。先進的な産業、トップランクの大学、研究機関、シンクタンク、高度人材、生活水準、交通、優遇税制などの要素が地域のエコシステムを形成している、と副学長は語りました。

同大の支援拠点「イノベーションハブ」では、研究の初期から後期まで一貫した支援を展開。また、企業が事業や研究の課題を持ち込んだり、博士課程の学生との交流でヒントを得たりと「実り多いつながり、クリエイティブな環境がある」といいます。

同大では、生命科学・生物医学、宇宙・遠隔感知(リモートセンシング)技術といった分野に資金を重点配分。中でも生命科学には年間1.5億ドルを投じています。シュワルツネッガー副学長は「強みを生かすために、人材や専門家の蓄積と、機能ゲノムセンターやトランスレーショナル研究開発センターなど、アイデアを具現化させる施設を整備している」と語りました。

また、日本の口腔医療メーカーと共同で始めた、呼気や口腔から健康状態を測るバイオロジカルマーカーを特定するセンサーの開発や、モビリティ企業の持つデータの活用を探る研究な紹介。討論では、生成AIの利点と懸念を挙げ、今年5月の広島サミットで合意された「広島AIプロセス」による国際的なルールづくりに言及。同大学も基準設定に関わっていると語りました。

人材、技術、新領域。ソニーの産学連携3つの理由

ソニーグループの住山アラン・ コーポレートテクノロジー戦略部門部門長 は、企業の立場から産学連携を語りました。自身の所属部門について、社内外の研究開発の橋渡し役として、イノベーションの拡大を図る役割を担っていると説明。大学との連携を進める目的として、学生や研究者の採用、戦略的な技術取得、新しい研究領域の開拓の3つを挙げました。

具体的な取り組み一つが「Sony Research Award Program」。研究機関に資金を提供し、共同研究で革新的な先端技術の開発を促進するプログラムで、世界100以上の大学から応募があるといいます。「資金を提供するだけでなく、私たちも、研究者や学生、研究からなるべく多くを学ぼうとしている。双方に有益なパートナーシップとしてうまく回っていると思う」と語りました。

また東工大と取り組む、地球全体を対象にしたセンシング技術の研究プロジェクトを紹介。こうした産学連携では「コミュニケーションの継続が大事。双方の関係を機能的なものにしている」と語りました。

パネル2- 政府と企業の連携が目指すもの

後半のパネル討論のテーマは、「政府と企業:イノベーション生態系の加速に向けて、どう連携できるか」。鈴木恭子・在日スイス大使館科学技術部部長をモデレーターに、政府の支援の現状や、企業が直面する課題について意見を交わしました。

経産省が打ち出す「ビジネスで勝つ」支援策

経済産業省の田中哲也大臣官房審議官(産業技術環境局担当)は、政府のスタートアップやイノベーション支援の概要を説明しました。

2022年11月に決定した「スタートアップ育成5か年計画」では投資規模を10倍の10兆円に拡大。若手イノベーターを育成するため、大学からのスピンオフに対する追加支援や、博士号取得者を雇用する企業へのR&D税額控除も予定しています。

田中審議官は、民間の総R&D費10億円当たりの日本の国際特許出願数は世界一なのにビジネスに結びついていない現状を「技術で勝っても、ビジネスで負けるという傾向」と指摘。欧州で普及している「イノベーションボックス税制」(特許による収益の税優遇制度)などの優遇策を検討していることを明らかにしました。

エコシステムを生み出す官民連携プラットフォーム

スイスでイノベーションを促進するための官民連携組織「スイス・イノベーション」のレイモンド・クロンCEOは、組織の形態や参画企業の顔ぶれなどを語りました。

「スイス・イノベーション」は、国内6カ所にイノベーションパークと呼ばれる拠点を設置。イノベーションのためのプラットフォームとして、60の研究パートナー企業のほか、河電機、ファナックなど日本企業も含め400社以上の企業が入居しています。

連邦政府は調整だけの関与にとどまり、パークは法的に独立した組織としてボトムアップ型の意思決定が可能になり、多様かつ急速に発展しています。

企業がスイス・イノベーションに参画する理由として、クロンCEOはチューリッヒ工科大などトップランクの大学での国際的な研究コミュニティ、スタートアップのエコシステム、そしてロシュ、ノバルティス、ネスレなどの大手企業のR&D活動などを挙げました。

「成長を少しでも妨げる規制は撤廃を」経団連のスタートアップ支援

日本経済団体連合会(経団連)の小川 尚子・産業技術本部本部長は、「スイスの各地域にイノベーションパークがあると聞いてうらやましい。経団連も地域の大学を中心としたエコシステムの構築を提案しています」と、大学に眠る "シーズ"(初期段階の技術)の未開拓の可能性を示唆しました。

政府の取り組みにも目を向け、「スタートアップの成長を少しでも妨げるような規制は撤廃してほしい。スタートアップがストレスなく成長できる環境を整える必要がある。産学官の連携でスタートアップを5年後に10倍にできれば理想的です」と訴えました。

ベンチャー創業者が語る資金調達の「死の谷」

チューリヒ大学発のスタートアップ、シンヘリオン社のジャンルカ・アンブロセッティCEO兼共同創設者は、優れた枠組みやエコシステムに加え、事業がスケールアップする段階での財政的支援の重要性を挙げました。

同社は、チューリヒ工科大学発のスタートアップで、太陽光を活用した燃料を製造しています。

アンブロセッティCEOは、自身が起業の初期段階で支援を受けた経験を語り「スイスのイノベーション・エコシステムは完璧だ」と振り返りました。一方で「競争力をつけるには、大規模な工場が必要で、それには多額の資金が必要。このギャップを埋めなければならない」。初期段階の資金調達の方が魅力的に見えるものの、より大きなリスクを伴うことを指摘、「スタートアップ企業が"死の谷 "を越えるためのリソースが必要だ」と強調しました。

この話を受け、経済産業省の田中審議官は、日本のスタートアップ企業も同様の課題に直面していると語りました。「初期段階では政府が相当支援しているが、ステージが上がるにつれ、大企業や投資家が参加しないとスタートアップは成長できない。特にグリーントランスフォーメーションの分野のスタートアップにとって、市場が作れるかどうかで生き死にが決まる。だが、民間の参画が日本ではすすまず、ユニコーン企業が生まれにくいのが悩みだ」。

「知識への投資はいつでも最高の利益を生む」

フォーラムの最後、マイケル. O.ヘンガートナー・スイス連邦工科大学チューリヒ 理事長は、本フォーラムで繰り返し取り上げられてきた「才能」「資金」「優れた枠組み」の3つが、イノベーション促進に重要な要素だと語りました。 「産業界に新しいアイディアをもたらし、しっかりとした連携を築くには、適切な環境と資金支援が必要です。そして、産業界が求める人材を育て、その人材が能力を発揮できる場所を提供するのが大学の役割なのです」。

また、産学連携がもたらす果実の大きさを、アメリカの偉人、ベンジャミン・フランクリンの名言「知識への投資はいつでも最高の利益を生み出す」で例え、締めくくりました。

イベント後のディナー・レセプションで、トーマス・ブロッドベック・在日スイス商工会議所会頭は、日本で4年過ごす中で、両国の間にたくさんの共通点を感じた経験を語り「こうした共通点は共同プロジェクトやイノベーションを成功させる鍵となっている」と指摘しました。さらに「両国がイノベーション領域で高く評価されている今、満足することなく、更なる高みを目指そう。共にイノベーションを推し進め、先頭に立ち続けよう」と呼びかけました。