ネットゼロとトランジション・ファイナンス: image
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ネットゼロとトランジション・ファイナンス:

2022年5月11日に駐日ノルウェー大使館と在日スイス大使館は日本経済団体連合会(経団連)の協力を得てトランジション・ファイナンスに関するハイブリッド形式のイベントを開催した。

議論の概要

資金供給は、産業界がネットゼロ経済への移行を受け入れやすくするために重要な役割を果たす。また、信用性が高い移行戦略を持つ民間企業に対し、CO2排出削減の手法を提供する。本セミナーでは脱炭素化に取り組む企業、日欧の金融業界及び政府関係者を招き、トランジション・ファイナンスについての議論を進めてもらった。

当イベントは虎ノ門ヒルズフォーラム及びオンラインで行われた。日欧企業の代表者、重工業団体、金融企業、官公庁、学会やマスコミ関係者など幅広い分野から意思決定者や専門家が観客として参加。

冒頭挨拶

当イベントの開会あいさつで、アンドレアス・バオム駐日スイス大使は日本、ノルウェー、スイスは2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ実現を公約に掲げていることに言及。各政府はこの変革的目標を達成するための効果的な枠組み基準を形成できるが、この移行の真の主導者は民間企業であると指摘。産業が脱炭素化するのに金融が重要な役割を果たすとも述べた。

基調講演

基調講演で木原晋一経済産業省環境問題担当大臣官房審議官は、トランジション・ファイナンスは複数の手段を通じて2050年実質ゼロという共通目標に各産業を導くと説明。脱炭素化が難しい業界の企業に融資提供する重要な役割を果たすとも発言。

関連資産の売却を迫られるこれらの企業に対し、トランジション・ファイナンスは排出削減に必要な道具を開発するための融資を提供すると期待を寄せた。

内政の観点では、日本は3段階政策でトランジション・ファイナンスを推進している

  1. 指針: 2021年5月に経産省は金融庁や環境省と共に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定。この指針は、各企業が科学的根拠を基にした目標を含めた移行戦略と適切な統治体制を実行するべきと促している。

  2. ロードマップ: 全国の排出量の7割を占めながら脱炭素化が難しい7つの業界に対し、経産省は2021年秋に具体的なロードマップを策定。これらのロードマップは各企業にとって自社の移行戦略に対する基準点となり、金融企業にとっては融資先の戦略評価に役立つ道具にもなる。一部の業界では2020年代、30年代になっても革新的技術が実用化されていない可能性があるため、当面の焦点は効率化の向上と省エネであり、40年代になって初めて現在の研究開発が排出削減の加速化に繋がることが予想される。これらのロードマップとEU分類との違いは、そのような将来の技術とそれらを開発するために今日必要とされる投資を考慮に入れていること。

  3. モデル事業: 政府は2021年夏から企業のお手本になる12のモデル事業を特定。その1つはJFEスチール株式会社が発行する鉄鋼産業初のトランジション・ファイナンス社債である。

国際的な取り組みに関しては、木原氏はアジア太平洋地域に焦点を当てた。日本の包括的支援策「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアチブ(AETI)」の一環であるアジア・トランジション・ファイナンス・スタディー・グループについて言及。UBS銀行を含めた19の金融企業が構成する当グループは実施可能なガイドラインを2022年9月に公開することにしている。

続いて、紀ノ岡トーバGlobal Perspectives代表兼共同創業者が2つのパネルディスカッションの司会を務めた。

パネル 1

前半のパネルでは鉄鋼、エネルギー、農業技術産業の企業代表者がそれぞれの脱炭素化計画を説明し、規制当局者の役割と国際標準について言及。

手塚宏之JFEスチール株式会社気候変動フェローは、中期削減目標を実現するため自社が2030年までに3400億円を投資する予定と説明。JFEスチールは長期的には実質炭素ゼロの完全に新しい鉄鋼生産過程を開発する必要があり、数十年もの歳月と多大な融資が必要となるからである。また、経産省の業界ロードマップに沿って自社のトランジション・ファイナンス・ロードマップを策定した。2022年6月に初めて300億円のトランジション・ファイナンス社債を発行する。

キャサリン・ピーチー・エクイノール副社長兼仕組み金融部長は自社の排出削減目標について説明。海上風力などの再生可能エネルギーを強化し、二酸化炭素回収・貯留や水素生産・発電といった低炭素手段を促進したいという。国際エネルギー企業であるエクイノールはこれらの目標のために2030年まで成長設備投資の半分以上を充てることを公約しているが、目標達成までに更なる融資が必要になると見込む。

クリス・アージィント・シンジェンタ・アジア太平洋地域事業持続性トップによると、農業部門は全世界の排出量の18%を占めるが、同時に排出削減を実現するかなりの潜在能力がある。世界的農業技術企業であるシンジェンタは自社の排出削減のみならず、農業の気候への影響を和らげるために自社の商品とサービスのイノベーションを加速することを目標にしていると言及。例えば、「リゾケア」は日本での稲の種まき過程に変化を起こし、排出削減に繋げる企画だという。

規制当局者の役割について、パネル登壇者は調整力、一貫性、透明性が必要と回答。

手塚氏は数々の業界を調整する政府の役割を強調。仮にJFEスチールが水素を利用した新しい生産過程を開発したとしても、その成果は水素供給インフラの立ち上げ次第と訴える。また、ピーチー氏とアージィント氏は情報開示の基準だけでなく、支援提供及び維持の観点からも規制措置の一貫性と透明性が重要と一致。アージィント氏は更に、各企業の直接的なカーボン・フットプリントを測定するだけでなく、各企業の商品やサービスの総合的な影響まで測量範囲を拡大する方が有益だろうと示唆。

また、パネル登壇者は協業とパートナーシップの重要性についても合意した。手塚氏は、世界標準導入の推進や報告書での成功事例の共有の重要性を強調した。ピーチー氏はエネルギー部門の主要企業が明確な脱炭素化への経路を作成するよう呼びかけた。新しい技術に関しては規制当局者の支援と融資が重要であることから、同業社と政府と金融企業が合同で各産業を強化する必要があるという。

パネル 2

後半のパネルでは金融業界の代表者がトランジション・ファイナンスを提供するそれぞれの取り組みについて発言。取引先と携わり、支援し、そして挑戦を促すことの重要性を強調した。

ジャドソン・バーキーUBS銀行マネージング・ディレクター兼対政府規制戦略グループ長兼サステイナビリティ室長は、自行が2030年までに2350億米ドルもの実質炭素ゼロ資産を管理することを公約したと言及。バーキー氏の見解では、融資する側が各取引先に有意義な移行を期待していることを認識してもらい、その実現に向けて共に携わる必要があるとのこと。例として、2021年後半に「クライメート・アクション100+」イニシアチブに参加する6割ほどの企業は進捗状況が「秀」あるいは「良」であることがUBS銀行の調査で判明。残り4割の企業でUBS銀行が関与を打ち切ったものもあったが、これらは例外という。

竹ケ原啓介日本政策投資銀行(DBJ)金融経済センター長兼エグゼクティブ・フェローは、必要な技術がまだ存在していないために本格的に脱炭素化に取り組めない企業があることに言及。これらの企業は当面は効率化の向上と省エネによる一定程度の排出削減しかできないかもしれない。この状況を見た投資家が投資基準に満たないと判断して持ち分売却すると、重要なイノベーションが開発初期で消滅してしまう恐れがある。トランジション・ファイナンスはこのようなリスクの回避へ重要な役割を果たすと期待を寄せる。

カリーヌ・スミス・イエナチョ・ノルウェー中央銀行投資部門(NBIM)チーフガバナンス&コンプライアンス・オフィーサーは気候リスクが金融リスクであると言及。NBIMは平均して世界中の上場企業の1.9%に投資し、日本での投資額は8.3兆円にのぼる。大手機関投資家であるこのノルウェー政府系ファンドは秩序ある気候変動に関心を持ち、役割があると主張。その投資先企業の15%は本質的な移行をする必要があるとされている。株主としての影響力を使って、当ファンドは明確な期待を提示し、投資先企業の役員に説明責任を問う。適切に気候変動リスクを管理しない役員会に対して反対票を投ずる頻度が増加しており、有意義な移行を実行する意思がない企業に対しては、例外的な手段ではあるが、ファンドの持ち株を売却する決断をすることもありうる。

後半のパネルの全登壇者は、各企業の移行努力の整合性を評価するために十分な情報が重要と一致 。

この点で、科学的根拠を基にした戦略と目標が重要である。竹ケ原氏とスミス氏は国債サステナビリティ基準審議会(ISSB)の取り組みについて言及したが、この審議会が世界標準を設定するには時間がかかると警告。NBIMは企業に持続可能性関連の報告を改善するよう促しているが、日本を含めたアジアは対応が遅れている地域であると指摘。最終的にはこの報告の義務付けを期待するという。バーキー氏は持続可能性に関連する融資と社債は投資先の企業の移行を応援する道具であると説明。

まとめの言葉

終わりに、リーネ・アウネ駐日ノルウェー大使館公使は各登壇者の参加に感謝の意を伝えた。当イベントを通じて、官民の有識者が脱炭素化の実現に真剣に力を尽くし、それぞれの重要な役割を意識していることが示された。

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© Ayako Suzuki